して徒に日をおくるばかり、季節の變るたびに集まつた旅役者も大方は新顏の陋《さも》しい味も風情もないものになつて了つた。さうして食ひつめものの商人は門司、佐世保、大牟田などの新らしい繁華を慕ふて奔り、金齒入れた高利貸は朝鮮にゆき、六騎《ろつきゆ》の活氣ある一團は六十餘艘の小舟に鮟鱇組の旗じるしを翻《ひるが》へしながら遠洋漁業の途にのぼるかして、わかい子弟の東京へゆくものさへ、誰一人この因循な故郷に歸らうとはせぬ。かやうにして街に殘されたものは眞菰|臭《くさ》い瀦水《たまりみづ》に釣を好む樂隱居か、ただ金庫の前に居眠りをして一生を過ごすあの蒼白い素封家の John−John(良家の息子、やや馬鹿にしていふ言葉である。)かで、追ひ追ひに舊家は廢《すた》れ、地方の山持《やまもち》、田地持の類《たぐひ》も何時《いつ》しかに流浪の身となつたものが多い。母の家も祖父の没後よく世にある例《ならひ》の武士の商法とかで、山林に手を出し、地方唯一の名望家として政治屋にまた盛に擔ぎ上げられたが爲めに瞬く間に財産を傾け盡くして、今はあの白い天守の屋根に屋根の艸が秋毎に赤い實をつくる外には、廣い屋敷は見るかげもなく荒れはてて了つた。加之、火災後の長い心勞と疲憊の末、柳河の「油屋」として、九州の古問屋として數代知られた舊家も遂には一家没落の憂き目を見るやうになつた。
私がこの「思ひ出」の編纂に着手し初めたのは、ちやうど郷家の舊《ふる》い財寶はあの花火の揚る、堀端のなつかしい柳のかげで無慘にも白日競賣の辱《はづか》しめを受けたといふ母上の身も世もあられないやうな悲しい手紙に接した時であつた。而して新らしい創作に從つてゐる間に秋となり冬が來て、今はまた晩春の惱ましい氣分に水祭《みづまつり》の囃子《はやし》や蠶豆の青くさい香ひのそことなく忍ばるるころとなつた。國よりの通知には愈酒倉は解かれ、親子兄弟凡てあの根ざしの深い「思出の家」から思ひきつて立ち退くべき時機が迫つたといふ事であつた。而して馴れぬ水仕業《みづしわざ》に可憐な妹の指が次第に大きく醜くなつてゆきますといふ事であつた。かうしてこの小さな抒情小曲集も今はただ家を失つたわが肉親にたつた一つの贈物《おくりもの》としたい爲めに、表紙にも思出の深い骨牌の女王を用ゐ、繪には全く無經驗な癖に首の赤い螢や生膽取や Jhon や Gonshan の漫畫まで
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