めん》(朱色人面の凧、Tonka John の持つてゐたのは直徑一間半ほどあつた。)を裸の酒屋男七八人に揚げさせ、瀝青《チヤン》を作り、幻燈を映し、さうして和蘭訛の小歌を歌つた。
 私はまたいろいろの小さなびいどろ罎に薄荷や肉桂水を入れて吸つて歩《ある》いた。また濃《こ》い液は白紙に垂らし、柔かに揉んで濕《しめ》した上その端々《はしばし》を小さく引き裂いては唇にあてた。さうして私の行くところにはたよりない幼兒の涙をそそるやうに、強い肉桂の香が何時《いつ》でも付き纒ふて離れなかつた。
 うつし繪の面《おもて》に濕《しめ》つた仄かな油のひほひはまた新らしい七歳の夏を印象せしめる。私はよく汗のついた手首に、その繪の女王や昆虫の彩色を痒《かゆ》いほど押しては貼り、剥《はが》してはそつと貼りつけて、水路の小舟に伊蘇普《いそつぷ》物語の奇《あや》しい頁を飜《か》へした。
 無邪氣な惡戲《いたづら》の末、片意地に芝居見を強請《せが》んだ末、弟を泣かした末、私は終日土藏の中に押し込《こ》められて泣き叫んだ。その窓《まど》の下には露草《つゆくさ》の仄かな花が咲いてゐた。哀れな小さい囚人はかうして泣き疲《つか》れたあと、何時《いつ》もその潤《うる》んだ※[#「目+匡」、第3水準1−88−81、XXXVIII−13]《まぶた》に幽かな燐のにほひの沁み入る薄暗い空氣の氣はひを感じた。そこには舊い昔難破した商船から拾ひ上げた阿蘭陀附木《おらんだつけぎ》(マツチのこと、柳河語)の大きな凾が濕《しめ》りに濕つたまま投げ出されてあつた。私はそのひとつを涙に濡れた手で拾ひ取り、さうしてその黄色なエチケツトの帆船航海の圖に怪しい哀れさを感じながら、その一本を拔いては懷《なつ》かしさうに擦《す》つて見た。無論點火する氣づかひはない。氣づかひはないが、たゞ何時までも何時までも同じやうにたゞ擦《す》つてゐたかつたのである。麹室《かうじむろ》のなかによく弄んだ骨牌《カルタ》の女王のなつかしさはいふまでもない。
 Tonka John の部屋にはまた生れた以前から舊い油繪の大額が煤けきつたまま土藏づくりの鐵格子窓から薄い光線を受けて、柔かにものの吐息のなかに沈默してゐた。その繪は白いホテルや、瀟洒な外輪船の駛《はし》つてゐる異國の港の風景で、赤い斷層面のかげをゆく和蘭人の一人が新らしいキャベツ畑の垣根に腰をかが
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