殊な縮《ちぢ》れ方をした。
かういふ最初の記憶はウオタアヒアシンスの花の仄かに咲いた瀦水《たまりみづ》の傍《そば》をぶらつきながら、從姉《いとこ》とその背《せな》に負はれてゐた私と、つい見惚《みと》れて一緒に陷《はま》つた――その生命《いのち》の瀬戸際に飄然と現はれて救ひ上げて呉れた眞黒な坊さんが不思議にも幼兒にある忘れがたい印象を殘した。
日が蝕《むしく》ひ、黄色い陰鬱の光のもとにまだ見も知らぬ寂しい鳥がほろほろと鳴き、曼珠沙華のかげを鼬《いたち》が急忙《あわただ》しく横ぎるあとから、あの恐ろしい生膽取は忍んで來る。薄あかりのなかに凝視《みつ》むる小さな銀側時計の怪しい數字に苦蓬《にがよもぎ》の香《にほひ》沁みわたり、右に持つた薄手《うすで》の和蘭皿にはまだ眞赤《まつか》な幼兒の生膽がヒクヒクと息をつく。水門の上を蒼白い月がのぼり、栴檀の葉につやつやと露がたまれば膽《きも》のわななきもはたと靜止して足もとにはちんちろりんが鳴きはじめる。日が暮れるとこの妄想の恐怖《おそれ》は何時《いつ》も小さな幼兒の胸に鋭利な鋏の尖端《さき》を突きつけた。
ある夜はわれとわが靈《たましひ》の姿にも驚かされたことがある。外《そと》には三味線の音《ね》じめも投げやりに、町の娘たちは觀音さまの紅い提燈に結びたての髪を匂はしながら、華やかに肩肌脱ぎの一列《いちれつ》になつてあの淫らな活惚《かつぽれ》を踊つてゐた。取り亂した化粧部屋にはただひとり三歳《みつつ》四歳《よつつ》の私が匍《は》ひ※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11、XXXVII−10]《まは》りながら何ものかを探すやうにいらいらと氣を焦《あせ》つてゐた。ある拍子に、ふと薄暗い鏡の中に私は私の思ひがけない姿に衝突《ぶつつ》かつたのである。鏡に映つた兒どもの、面《つら》には凄いほど眞白《まつしろ》に白粉《おしろひ》を塗《ぬ》つてあつた、睫《まつげ》のみ黒くパツチリと開《ひら》いた兩《ふたつ》の眼の底から恐怖《おそれ》に竦《すく》んだ瞳が生眞面目《きまじめ》に震慄《わなな》いてゐた。さうして見よ、背後《うしろ》から尾をあげ背《せ》を高めた黒猫がただぢつと金《きん》の眼を光らしてゐたではないか。私は悸然《ぎよつ》として泣いた。
私の異國趣味は穉い時既にわが手の中に操《あやつ》られた。菱形の西洋凧を飛ばし、朱色《しゆいろ》の面《
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