、カツクカツクと眉を振る物凄さも、何時の間にか人々の記憶から掻き消されるやうに消え失せて、寂しい寂しい冬が來る。 
     *
 要するに柳河は廢市である。とある街の辻に古くから立つてゐる圓筒状の黒い廣告塔に、折々《おり/\》、西洋奇術の貼札《はりふだ》が紅いへらへら踊の怪しい景氣をつけるほかには、よし今のやうに、アセチリン瓦斯を點《つ》け、新たに電氣燈《でんき》をひいて見たところで、格別、これはといふ變化も凡ての沈滯から美くしい手品《てじな》を見せるやうに容易く蘇《よみがへ》らせる事は不可能であらう。ただ偶々《たま/\》に東京がへりの若い齒科醫がその窓の障子に氣まぐれな紅い硝子を入れただけのことで、何時しか屋根に薊の咲いた古い旅籠屋にほんの商用向の旅人が殆ど泊つたけはひも見せないで立つて了ふ。ただ何時通つても白痴の久たんは青い手拭を被つたまゝ同じ風に同じ電信柱をかき抱き、ボンボン時計を修繕《なほ》す禿頭は硝子戸の中に俯向《うつむ》いたぎりチツクタツクと音《おと》をつまみ、本屋の主人《あるじ》は蒼白い顏をして空をたゞ凝視《みつ》めてゐる。かういふ何の物音もなく眠つた街に、住む人は因循で、ただ柔順《おとな》しく、僅かに Gonshan(良家の娘、方言)のあの情の深さうな、そして流暢な、軟かみのある語韻の九州には珍らしいほど京都風なのに阿蘭陀訛の溶《とろ》け込んだ夕暮のささやきばかりがなつかしい。風俗の淫《みだ》らなのにひきかへて遊女屋のひとつも殘らず廢れたのは哀れぶかい趣のひとつであるが、それも小さな平和な街の小さな世間體を恐るゝ――利發な心が卑怯にも人の目につき易い遊びから自然と身を退くに至つたのであらう。いまもなほ黒いダアリヤのかげから、かくれ遊びの三味線は晝もきこえて水はむかしのやうに流れてゆく。

   3

 柳川を南に約半里ほど隔てて六騎《ロツキユ》の街《まち》沖《おき》ノ端《はた》がある。(六騎《ロツキユ》とはこの街に住む漁夫の諢名であって、昔平家沒落の砌に打ち洩らされの六騎がここへ落ちて來て初めて漁りに從事したといふ、而してその子孫が世々その業を繼襲し、繁殖して今日の部落を爲すに至つたのである。)畢竟は柳河の一部と見做すべきも、海に近いだけ凡ての習俗もより多く南國的な、怠惰けた規律《しまり》のない何となく投げやりなところがある。さうしてかの柳河のただ
前へ 次へ
全70ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
北原 白秋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング