粉のちりぬ。
水蟲の列
朽ちた小舟の舟べりに
赤う列《なみ》ゆく水蟲よ、
そつと觸《さは》ればかつ消えて、
またも放せば光りゆく。
いさかひのあと
紅《あか》いシヤツ着てたたずめる
TONKA JOHN こそかなしけれ。
白鳳仙花《しろつまぐれ》のはなさける
夏の日なかにただひとり。
手にて觸《さは》ればそのたねは
莢《さや》をはぢきて飛び去りぬ。
毛蟲に針《ピン》をつき刺せば
青い液《しる》出て地ににじむ。
源四郎爺は、目のうすき
魚《さかな》かついでゆき過ぎぬ、
彼《かれ》の禿げたる頭《あたま》より
われを笑へるものぞあれ。
憎《にく》き街《まち》かな、風の來て
合歡《カウカ》の木をば吹くときは、
さあれ、かなしく身をそそる。
君にそむきしわがこころ。
爪紅
いさかひしたるその日より
爪紅《つまぐれ》の花さきにけり、
TINKA ONGO の指さきに
さびしと夏のにじむべく。
Tinka Ongo.小さき令孃。柳河語。
夕日
赤い夕日、――
まるで葡萄酒のやうに。
漁師原に鷄頭が咲き、
街《まち》には虎列拉《コレラ》が流行《はや》つてゐる。
濁つた水に
土臭《つちくさ》い鮒がふよつき、
酒倉へは巫女《みこ》が來た、
腐敗止《くされどめ》のまじなひに。
こんな日がつづいて
從姉《いとこ》は氣が狂つた、
片おもひの鷄頭、
あれ、歌ふ聲がきこえる。
恐ろしい午後、
なにかしら畑で泣いてると、
毛のついた紫蘇《しそ》までが
いらいらと眼に痛《いた》い。…………
赤い夕日、――
まるで葡萄酒のやうに。
何かの蟲がちろりんと
鳴いたと思つたら死んでゐた。
紙きり蟲
紙きり蟲よ、きりきりと、
薄い薄葉《うすえふ》をひとすぢに。
何時《いつ》も冷《つめ》たい指さきの
青い疵《きず》さへ、その身さへ、
遊びつかれて見て泣かす、
君が狂氣《きやうき》のしをらしや。
紙きり蟲よ、きりきりと
薄い薄葉《うすえふ》をひとすぢに。
わが部屋
わが部屋に、わが部屋に
長崎の繪はかかりたり、――
路のべに尿《いばり》する和蘭人《おらんだじん》の――
金紙《きんがみ》の鎧もあり、
赤き赤きアラビヤンナイトもあり。
わが部屋に、わが部屋に
はづかしき幼兒《をさなご》の
ゆめもあり、
かなしみもあり、
かつはかの小さき君
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