桑名
夜《よ》となりぬ、神世《かみよ》に通ふやすらひに
早や門《かど》鎖《とざ》す古伊勢《ふるいせ》の桑名《くわな》の街《まち》は
路《みち》も狭《せ》に高き屋《や》づくり音《おと》もなく、
陰森《いんしん》として物の隈《くま》ひろごるにほひ。
おほらかに零落《れいらく》の戸を瞰下《みおろ》して
愁ふるがごと月光《げつくわう》は青に照せり。
参宮《さんぐう》の衆《しゆう》にかあらむ、旅《たび》びとの
二人《ふたり》三人《みたり》はさきのほどひそかに過《す》ぎぬ。
貸《かし》旅籠《はたご》札《ふだ》のみ白き壁つづき
ほとほと[#「ほとほと」に傍点]遠く、物ごゑの夜風《よかぜ》に消えて、
今ははた数《かず》添《そ》はりゆく星くづの
天《そら》なる調《しらべ》やはらかに、地は闌《ふ》けまさる。
時になほ街《まち》はづれなる老舗《しにせ》の戸
少し明《あか》りて火は路《みち》へひとすぢ射《さ》しぬ。
行燈《あんどう》のかげには清き女《め》の童《わらは》物縫《ものぬ》ふけはひ、
そがなかにたわやの一人《ひとり》髪あげて
戸外《とのも》すかしぬ。――事もなき夜《よ》のしづけさに。
朝
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