`皮《とねりこ》の陰影《いんえい》にこそひそみしか。

如何《いか》に呼《よ》べども静《しづ》まらぬ瞳《ひとみ》に絶《た》えず涙して、
帰《かへ》るともせず、密《ひそ》やかに、はた、果《はて》しなく見入《みい》りぬる。
そこともわかぬ森かげの鬱憂《メランコリア》の薄闇《うすやみ》に、
ほのかにのこる噴水《ふきあげ》の青きひとすぢ……
[#地付き]四十一年十月


  赤き僧正

邪宗《じやしゆう》の僧ぞ彷徨《さまよ》へる……瞳|据《す》ゑつつ、
黄昏《たそがれ》の薬草園《やくさうゑん》の外光《ぐわいくわう》に浮きいでながら、
赤々《あか/\》と毒のほめきの恐怖《おそれ》して、顫《ふる》ひ戦《をのゝ》く
陰影《いんえい》のそこはかとなきおぼろめき
まへに、うしろに……さはあれど、月の光の
水《み》の面《も》なる葦《あし》のわか芽《め》に顫《ふる》ふ時。
あるは、靄ふる遠方《をちかた》の窓の硝子《がらす》に
ほの青きソロのピアノの咽《むせ》ぶ時。
瞳|据《す》ゑつつ身動《みじろ》かず、長き僧服《そうふく》
爛壊《らんゑ》する暗紅色《あんこうしよく》のにほひしてただ暮れなやむ。

さて在るは
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