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血に染みし踵《かがと》のあたり、蟋蟀《きりぎりす》啼きもすずろぐ。
[#地付き]四十一年八月


  狂へる椿

ああ、暮春《ぼしゆん》。

なべて悩《なや》まし。
溶《とろ》けゆく雲のまろがり、
大《おほ》ぞらのにほひも、ゆめも。

ああ、暮春。

大理石《なめいし》のまぶしきにほひ――
幾基《いくもと》の墓の日向《ひなた》に
照りかへし、
くわと入る光。
ものやはき眩暈《くるめき》の甘き恐怖《おそれ》よ。
あかあかと狂ひいでぬる薮椿《やぶつばき》、
自棄《やけ》に熱《ねつ》病《や》む霊《たま》か、見よ、枝もたわわに
狂ひ咲き、
狂ひいでぬる赤き花、
赤き※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]言《うはごと》。

そがかたへなる崖《がけ》の上《うへ》、
うち湿《しめ》り、熱《ほて》り、まぶしく、また、ねぶく
大路《おほぢ》に淀《よど》むもののおと。
人力車夫《じんりきしやふ》は
ひとつらね青白《あをじろ》の幌《ほろ》をならべぬ。
客を待つこころごころに。

ああ、暮春。

さあれ、また、うちも向へる
いと高く暗き崖《がけ》には、
窓《まど》もなき牢獄《ひとや》の壁の

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