キぢ。――
幻法《げんぱふ》のこれや苦《くる》しき脅迫《おびやかし》
いと淫《みだ》らかに蒸し挑《いど》む疾風《はやち》のもとに、
現れて真黒《まくろ》に歎《なげ》く楽《がく》の船、
生《なま》あをじろき鱶《ふか》の腹ただほのぼのと、
暮れがての赤きくるしみ、うめきごゑ、
血の甲板《かふはん》のうへにまた爛《たゞ》れて叫ぶ
楽慾《げうよく》の破片《はへん》の砲弾《たま》ぞ慄《わなゝ》ける。
ああその空にはたためく黒き帆のかげ。
黒煙終に七すぢ。――
吹きかはす銀《ぎん》の喇叭もたえだえに、
渦巻き猛《たけ》る楽《がく》の極《はて》、蒼海《わだつみ》けぶり、
悪《あく》の雲とどろとどろの乱擾《らんぜう》に
急忙《あわたゞ》しくも呪《のろ》はしき夜《よ》のたたずまひ。
濡れ焙《い》ぶる水無月ぞらの日の名残《なごり》
はた掻き濁し、暗澹《あんたん》と、あはれ黒船《くろふね》、
真黒なる管絃楽《オオケストラ》の帆の響《ひゞき》
死《し》と悔恨《くわいこん》の闇|擾《みだ》し壊《くづ》れくづるる。
[#地付き]四十一年二月
地平
あな哀《あは》れ、今日《けふ》もまた銅《あかがね》の雲
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