Bそのときにひとつの硝子《がらす》
幽魂《いうこん》の如《ごと》くに青くおぼろめき、ピアノ鳴りいづ。

濃霧《のうむ》はそそぐ……数《かず》の、見よ、人かげうごき、
闌《ふ》くる夜《よ》の恐怖《おそれ》か、痛《いた》きわななきに
ただかいさぐる手のさばき――霊《たま》の弾奏《だんそう》、
盲目《めしひ》弾き、唖《おうし》と聾者《ろうじや》円《つぶ》ら眼《め》に重《かさ》なり覗《のぞ》く。

濃霧《のうむ》はそそぐ……声もなき声の密語《みつご》や。
官能《くわんのう》の疲《つか》れにまじるすすりなき
霊《たま》の震慄《おびえ》の音《ね》も甘く聾《ろう》しゆきつつ、
ちかき野に喉《のど》絞《し》めらるる淫《たは》れ女《め》のゆるき痙攣《けいれん》。

濃霧《のうむ》はそそぐ……香《か》の腐蝕《ふしよく》、肉《にく》の衰頽《すゐたい》、――
呼吸《いき》深く※[#「口+哥」、第4水準2−04−18]※[#「口+羅」、第3水準1−15−31]※[#「にんべん+方」、第3水準1−14−10]謨《コロロホルム》や吸ひ入るる
朧《ろう》たる暑き夜《よ》の魔睡《ますゐ》……重く、いみじく、
音《おと》
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