二 疲れ

あはれ、いま暴《あら》びゆく接吻《くちつけ》よ、肉《ししむら》の曲《きよく》。……

かくてはや青白く疲《つか》れたる獣《けもの》の面《おもて》
今日《けふ》もまた我《われ》見据《みす》ゑ、果敢《はか》なげに、いと果敢《はか》なげに、
色|濁《にご》る窓《まど》硝子《がらす》外面《とのも》より呪《のろ》ひためらふ。

いづこにかうち狂《くる》ふ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]オロンよ、わが唇《くちびる》よ、
身をも燬《や》くべき砒素《ひそ》の壁《かべ》夕日さしそふ。

   三 薄暮の負傷

血潮したたる。

薄暮《くれがた》の負傷《てきず》なやまし、かげ暗《くら》き溝《みぞ》のにほひに、
はた、胸に、床《ゆか》の鉛《なまり》に……

さあれ、夢には列《つら》なめて駱駝《らくだ》ぞ過《す》ぐる。
埃及《えじぷと》のカイロの街《まち》の古煉瓦《ふるれんが》
壁のひまには砂漠《さばく》なるオアシスうかぶ。
その空にしたたる紅《あか》きわが星よ。……

血潮したたる。

   四 象のにほひ

日をひと日。
日をひと日。

日をひと日、光なし、色も盲《めし》ひて
ふくだめる、はた、病《や》めるなやましきもの
※[#「窗/心」、第3水準1−89−54]ふたぎ※[#「窗/心」、第3水準1−89−54]ふたぎ気倦《けだ》るげに唸《うな》りもぞする。

あはれ、わが幽鬱《いううつ》の象《ざう》
亜弗利加《あふりか》の鈍《にぶ》きにほひに。

日をひと日。
日をひと日。

   五 悪のそびら

おどろなす髪の亜麻色《あさいろ》
背《そびら》向け、今日《けふ》もうごかず、
さあれ、また、絶えずほつほつ
息しぼり『死』にぞ吹くめる、
血のごとき石鹸《しやぼん》の珠《たま》を。

   六 薄暮の印象

うまし接吻《くちつけ》……歓語《さざめごと》……

さあれ、空には眼《め》に見えぬ血潮《ちしほ》したたり、
なにものか負傷《てお》ひくるしむ叫《さけび》ごゑ、
など痛《いた》む、あな薄暮《くれがた》の曲《きよく》の色、――光の沈黙《しじま》。

うまし接吻《くちつけ》……歓語《さざめごと》……

   七 うめき

暮《く》れゆく日、血に濁る床《ゆか》の上にひとりやすらふ。
街《まち》しづみ、※[#「窗/心」、第3水準1−89−54]しづみ、わが心もの音《おと》もなし。

載《の》せきたる板硝子《いたがらす》過《す》ぐるとき車|燬《や》きつつ
落つる日の照りかへし、そが面《おもて》噎びあかれば
室内《むろぬち》の汚穢《けがれ》、はた、古壁に朽ちし鉞《まさかり》
一斉《ひととき》に屠《はふ》らるる牛の夢くわとばかり呻《うめ》き悶《もだ》ゆる。

街《まち》の子は戯《たはむ》れに空虚《うつろ》なる乳《ち》の鑵《くわん》たたき、
よぼよぼの飴売《あめうり》は、あなしばし、ちやるめらを吹く。

くわとばかり、くわとばかり、
黄《き》に光る向《むか》ひの煉瓦《れんぐわ》
くわとばかり、あなしばし。――
[#地付き]悪の※[#「窗/心」、第3水準1−89−54] 畢――四十一年二月


  蟻

おほらかに、
いとおほらかに、
大《おほ》きなる鬱金《うこん》の色の花の面《おも》。

日は真昼《まひる》、
時は極熱《ごくねつ》、
ひたおもて日射《ひざし》にくわつ[#「くわつ」に傍点]と照りかへる。

時に、われ
世《よ》の蜜《みつ》もとめ
雄蕋《ゆうずゐ》の林の底をさまよひぬ。

光の斑《ふ》
燬《や》けつ、断《ちぎ》れつ、
豹《へう》のごと燃《も》えつつ湿《し》める径《みち》の隈《くま》。

風吹かず。
仰ふげば空《そら》は
烈々《れつれつ》と鬱金《うこん》を篩《ふる》ふ蕋《ずゐ》の花。

さらに、聞く、
爛《ただ》れ、饐《す》えばみ、
ふつふつ[#「ふつふつ」に傍点]と苦痛《くつう》をかもす蜜の息。

楽欲《げうよく》の
極みか、甘き
寂寞《じやくまく》の大光明《だいくわうみやう》、に喘《あへ》ぐ時。

人界《にんがい》の
七谷《ななたに》隔《へだ》て、
丁々《とうとう》と白檀《びやくだん》を伐《う》つ斧《をの》の音《おと》。
[#地付き]四十年三月


  華のかげ

時《とき》は夏、血のごと濁《にご》る毒水《どくすゐ》の
鰐《わに》住む沼《ぬま》の真昼時《まひるどき》、夢ともわかず、
日に嘆《なげ》く無量《むりやう》の広葉《ひろは》かきわけて
ほのかに青き青蓮《せいれん》の白華《しらはな》咲けり。

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ここ過《よ》ぎり街《まち》にゆく者、――
婆羅門《ばらもん》の苦行《くぎやう》の沙門《しやもん》、あるはまた
生皮《なまかわ》漁《あさ》る旃陀羅《せんだら》が鈍《にぶ》き刃《は》の色、
たまたまに火の布《
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