と》もなし。
載《の》せきたる板硝子《いたがらす》過《す》ぐるとき車|燬《や》きつつ
落つる日の照りかへし、そが面《おもて》噎びあかれば
室内《むろぬち》の汚穢《けがれ》、はた、古壁に朽ちし鉞《まさかり》
一斉《ひととき》に屠《はふ》らるる牛の夢くわとばかり呻《うめ》き悶《もだ》ゆる。
街《まち》の子は戯《たはむ》れに空虚《うつろ》なる乳《ち》の鑵《くわん》たたき、
よぼよぼの飴売《あめうり》は、あなしばし、ちやるめらを吹く。
くわとばかり、くわとばかり、
黄《き》に光る向《むか》ひの煉瓦《れんぐわ》
くわとばかり、あなしばし。――
[#地付き]悪の※[#「窗/心」、第3水準1−89−54] 畢――四十一年二月
蟻
おほらかに、
いとおほらかに、
大《おほ》きなる鬱金《うこん》の色の花の面《おも》。
日は真昼《まひる》、
時は極熱《ごくねつ》、
ひたおもて日射《ひざし》にくわつ[#「くわつ」に傍点]と照りかへる。
時に、われ
世《よ》の蜜《みつ》もとめ
雄蕋《ゆうずゐ》の林の底をさまよひぬ。
光の斑《ふ》
燬《や》けつ、断《ちぎ》れつ、
豹《へう》のごと燃《も》えつつ湿《し》める径《みち》の隈《くま》。
風吹かず。
仰ふげば空《そら》は
烈々《れつれつ》と鬱金《うこん》を篩《ふる》ふ蕋《ずゐ》の花。
さらに、聞く、
爛《ただ》れ、饐《す》えばみ、
ふつふつ[#「ふつふつ」に傍点]と苦痛《くつう》をかもす蜜の息。
楽欲《げうよく》の
極みか、甘き
寂寞《じやくまく》の大光明《だいくわうみやう》、に喘《あへ》ぐ時。
人界《にんがい》の
七谷《ななたに》隔《へだ》て、
丁々《とうとう》と白檀《びやくだん》を伐《う》つ斧《をの》の音《おと》。
[#地付き]四十年三月
華のかげ
時《とき》は夏、血のごと濁《にご》る毒水《どくすゐ》の
鰐《わに》住む沼《ぬま》の真昼時《まひるどき》、夢ともわかず、
日に嘆《なげ》く無量《むりやう》の広葉《ひろは》かきわけて
ほのかに青き青蓮《せいれん》の白華《しらはな》咲けり。
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ここ過《よ》ぎり街《まち》にゆく者、――
婆羅門《ばらもん》の苦行《くぎやう》の沙門《しやもん》、あるはまた
生皮《なまかわ》漁《あさ》る旃陀羅《せんだら》が鈍《にぶ》き刃《は》の色、
たまたまに火の布《
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