礼《じゆんれい》の子はひとり頬《ほ》をふくらませ、
濁《にご》りたる眼《め》をあげて管《くだ》うち吹ける。
腐《くさ》れゆく襤褸《つづれ》のにほひ、
酢《す》と石油《せきゆ》……にじむ素足《すあし》に
落ちちれる果実《くだもの》の皮、赤くうすく、あるは汚《きた》なく……
片手《かたて》には噛《かぢ》りのこせし
林檎《りんご》をばかたく握《にぎ》りぬ。
かくてなほ頬《ほ》をふくらませ
怖《おづ》おづと吹きいづる………珠《たま》の石鹸《しやぼん》よ。
さはあれど、珠《たま》のいくつは
なやましき夕暮《ゆふぐれ》のにほひのなかに
ゆらゆらと円《まろ》みつつ、ほつと消《き》えたる。
ゆめ、にほひ、その吐息《といき》……
彼《かれ》はまた、
怖々《おづおづ》と、怖々《おづおづ》と、……眩《まぶ》しげに頬《ほ》をふくらませ
蒸《む》し淀《よど》む空気《くうき》にぞ吹きもいでたる。
あはれ、見よ、
いろいろのかがやきに濡《ぬ》れもしめりて
円《まろ》らにものぼりゆく大《おほ》きなるひとつの珠《たま》よ。
そをいまし見あげたる無心《むしん》の瞳《ひとみ》。
背後《そびら》には、血しほしたたる
拳《こぶし》あげ、
霞《かす》める街《まち》の大時計《おほどけい》睨《にら》みつめたる
山門《さんもん》の仁王《にわう》の赤《あか》き幻想《イリユウジヨン》……
その裏《うら》を
ちやるめらのゆく……
[#地付き]四十一年十二月
浴室
水落つ、たた[#「たた」に傍点]と………浴室《よくしつ》の真白き湯壺《ゆつぼ》
大理石《なめいし》の苦悩《なやみ》に湯気《ゆげ》ぞたちのぼる。
硝子《がらす》の外《そと》の濁川《にごりがは》、日にあかあかと
小蒸汽《こじようき》の船腹《ふなばら》光るひとみぎり、太鼓ぞ鳴れる。
水落つ、たた[#「たた」に傍点]と………‥灰色《はひいろ》の亜鉛《とたん》の屋根の
繋留所《けいりうじよ》、わが窓近き陰鬱《いんうつ》に
行徳《ぎやうとく》ゆきの人はいま見つつ声なし、
川むかひ、黄褐色《わうかつしよく》の雲のもと、太皷ぞ鳴れる。
水落つ、たた[#「たた」に傍点]と…………両国《りやうごく》の大吊橋《おほつりばし》は
うち煤《すす》け、上手《かみて》斜《ななめ》に日を浴《あ》びて、
色薄|黄《き》ばみ、はた重く、ちやるめらまじり
忙《せは》しげに夜
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