のである。
鳴かぬ小鳥のさびしさ……それは私の歌を作るときの唯一無二の気分である。私には鳴いてる小鳥のしらべよりもその小鳥をそそのかして鳴かしめるまでにいたる周囲のなんとなき空気の捉へがたい色やにほひがなつかしいのだ、さらにまだ鳴きいでぬ小鳥鳴きやんだ小鳥の幽かな月光と草木の陰影のなかに、ほのかな遠くの※[#「木+解」、第3水準1−86−22]《(かし)》の花の甘い臭に刺戟されてじつと自分の悲哀を[#「悲哀を」は底本では「非哀を」]凝視めながら、細くて赤い嘴を顫してゐる気分が何に代へても哀ふかく感じられる。私は如何なるものにも風情ある空気の微動が欲しい。そのなかに桐の花の色もちらつかせ、カステラの手さはりも匂はせたいのである。
*
私の歌にも欲するところは気分である。陰影である、なつかしい情調の吐息である。……
(小さい藍色の毛虫が黄色な花粉にまみれて冷めたい亜鉛《(トタン)》のベンチに匐つてゐる…………)
私は歌を愛してゐる。さうしてその淡緑色の小さい毛虫のやうにしみじみとその私の気分にまみれて、拙《(つたな)》いながら真に感じた自分の歌を作つてゆく…………
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