りませんので凡てを人々の判断にお任せしたいと存じます、尚又自己の利益の為めにこの上他の人に不愉快な内省の時間を与へたり、少しでも自己を美くしいものに見做したり致しますのは如何にも男らしく無い様にも思はれますので、ここには何等の相当な弁解も致しません。また強ひて試みたところで何時の世にもその当時に於ける民衆の正しい理解は到底求め得られるものでは御座いません。芸術家の立場としてはたゞ敬虔にして信実な高い芸術の力に頼る外に最上の謙徳は無い、――と、かうしみじみと小生には考へ得られましたのです。
 兎に角、小生が他の妻女たる人と苦しい恋に堕ちかかつてゐて猶旦二人共長い間耐え忍んでゐた事も事実ですし、激しい盲目的な愛情の為に夫も棄てその子も棄て真に棄身《すてみ》になつて縋りついて来た女に対して終に自己の平時の聡明に自ら克ち得なかつた事も極めて浅ましい最近の事実で御座います。小生も全たくまよひました。而して愚かな狂熱の坩壺《るつぼ》の中に一切の智慧も理性も哀楽も焼け爛らして了つたのです。冷酷な自己批判の笞《しもと》は一々哀れな霊魂を鞭ちます――如何にも小生は立派な倫理道徳の汚辱者に相違御座いません
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