。刑事上は一罪因に相違御座いません。既に社会の醜汚なる一員として相応な社会の制裁は当然甘じて受くべきものに相違御座いません。凡てがまた美しい因襲の範囲内に於てかかる道ならぬ恋の破滅は無論其の当初から覚悟して居らなければならなかつたのです。曾てある仲介者自身の何等かの陋しい目的の為に彼女の自殺を虚構した時、苦しさと耻かしさと不憫さとに愈自分も自殺と覚悟した朝迄朱欒七月号の原稿整理と「桐の花」の編輯とを急速に仕上げねばならなかつた悲しい詩人の意気地に母を泣かしたのも事実に相違御座いません、而してその死が虚偽の策略であつたといふ事も駆けつけて行つた小生の友人の靴の中にそつと忍ばしてあつた女の密書で判然した時、気落ちした様に「桐の花」の原稿を投げ棄てて小生と母と二人|欷歔《ききよ》したのも――それから如何に逃れ難い悲哀の面《おもて》に面接したとはいへ、貴重なるべき自己の一身を斯程迄に安々と弱々しく悲しく所決するといふ事は、如何にも人間としてまた芸術家として、男として余りに卑怯な所業だつたと気を飜へした時、あらゆる苦痛と迫害と屈辱の凡てに対して必要な勇気と忍耐とを美くしい謙譲のかげに用意して、見
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