の同情ある取做しがあつたに拘らず、色々の事情から改めて検事局の摘撥を止むなく受けるやうに為つた事も事実です。先月の六日の第一回の裁判を受け、女と共に他の窃盗人殺印鑑偽造等の囚徒達と因人馬車に同車して市ヶ台の未決監に送られたのも事実です。其処で小生は第八監十三室「三八七」といふナンバーに名を改めました。第二回の裁判には編笠に手錠を篏められた儘他の犯罪人と一緒にぞろぞろ曳かれて出なければなりませんでした。而して在監二週日の後同月の二十日に保釈の許可を得て帰宅、同二十八日に第三回の公判延期となり、本月十日の公判に簡単に無罪免訴の言渡しを受けて、刑事上には全く此の事件と関係を絶つ事になりました。此の苦しい数十日の間にも小生はたゞ小生が悲しいほど凡てに信実であつたといふ事と、些かでも自分自身のデリケエートな優しい気持ちを失はないで居られたといふ難有い事実とをお知らせ出来ます事はこれも悲しい芸術家の些細な矜待の一つで御座います。
 斯うなる迄の消息を簡略にお伝へするには事情があまりに錯綜してゐます上、強ひて世間の同情と憐憫を仰ぐやうな弁訴の致方は小生のやうな浅はかな者の瞳にも決して好ましい事には映
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