露伴先生
斎藤茂吉
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)或《あるひ》は
−−
昭和九年の冬に、岩波茂雄さんの厚意によつてはじめて露伴先生にお目にかかり、その時は熱海ホテルで数日を楽しく過ごした。
それ以来、月に数回、或《あるひ》は一二回ぐらゐづつお邪魔に参上して先生から教を受け、終戦の年までつづいたのであつた。
教を受けるといつても、こちらの予備が無いと何にもならないのである。実はさういふ日の方が私には多かつた。けれどもお邪魔にあがつて一二時間費し、門を辞する時には、まことに安楽な、何かに充《み》たされたやうな心持になるのが常であつた。
そのころ先生は支那の文字、金石について興味を有《も》たれてゐた。一部破壊されたといふか、磨滅したといふか、さういふ欠陥のあるところを幾日も幾日もかかつて、新しく補充せられて居られたりした。先生はこれを老人の遊びなどと笑つて居られたが、実に静謐《せいひつ》な精到な学風のやうな感じを得て帰り帰りした。
また支那文字の古いところを調べられて、古の文字は実に不思議である。二本引くところを三本引いたり、四つ打つところを五つ
次へ
全2ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
斎藤 茂吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング