も、天皇のうえをおもいたもうて、その遊猟の有様に聯想《れんそう》し、それを祝福する御心持が一首の響に滲透《しんとう》している。決して代作態度のよそよそしいものではない。そこで代作説に賛成する古義でも、「此|題詞《ハシツクリ》のこゝろは、契沖も云るごとく、中皇女のおほせによりて間人連老が作《ヨミ》てたてまつれるなるべし。されど意はなほ皇女の御意を承りて、天皇に聞えあげたるなるべし」と云っているのは、この歌の調べに云うに云われぬ愛情の響があるためで、古義は理論の上では間人連老の作だとしても、鑑賞の上では、皇女の御意云々を否定し得ないのである。此一事軽々に看過してはならない。それから、この歌はどういう形式によって献られたかというに、「皇女のよみ給ひし御歌を老《オユ》に口誦《クジユ》して父天皇の御前にて歌はしめ給ふ也」(檜嬬手)というのが真に近いであろう。
 一首は、豊腴《ほうゆ》にして荘潔、些《いささか》の渋滞なくその歌調を完《まっと》うして、日本古語の優秀な特色が隈《くま》なくこの一首に出ているとおもわれるほどである。句割れなどいうものは一つもなく、第三句で「て」を置いたかとおもうと、第四
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