どこ》にあたるか未だ審でない。(新居《あらい》崎だろうという説もあり、また近時、今泉氏、ついで久松氏は御津《みと》附近の岬だろうと考証した。)「棚無し小舟」は、舟の左右の舷《げん》に渡した旁板《わきいた》(※[#「木+世」、第3水準1−85−56])を舟棚《ふなたな》というから、その舟棚の無い小さい舟をいう。
 一首の意は、今、参河の安礼《あれ》の埼《さき》のところを漕《こ》ぎめぐって行った、あの舟棚《ふなたな》の無い小さい舟は、いったい何処に泊《とま》るのか知らん、というのである。
 この歌は旅中の歌だから、他の旅の歌同様、寂しい気持と、家郷(妻)をおもう気持と相纏《あいまつわ》っているのであるが、この歌は客観的な写生をおろそかにしていない。そして、安礼の埼といい、棚無し小舟といい、きちんと出すものは出して、そして、「何処にか船泊すらむ」と感慨を漏らしているところにその特色がある。歌調は人麿ほど大きくなく、「すらむ」などといっても、人麿のものほど流動的ではない。結句の、「棚無し小舟」の如き、四三調の名詞止めのあたりは、すっきりと緊縮させる手法である。

           ○


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