女[#「采女」に白丸傍点](巻八)の如く両方に書いている。
 一首は、明日香に来て見れば、既に都も遠くに遷《うつ》り、都であるなら美しい采女等の袖をも飜《ひるがえ》す明日香風も、今は空しく吹いている、というぐらいに取ればいい。
「明日香風」というのは、明日香の地を吹く風の意で、泊瀬《はつせ》風、佐保《さほ》風、伊香保《いかほ》風等の例があり、上代日本語の一特色を示している。今は京址となって寂《さび》れた明日香に来て、その感慨をあらわすに、采女等の袖ふりはえて歩いていた有様を聯想して歌っているし、それを明日香風に集注せしめているのは、意識的に作歌を工夫するのならば捉えどころということになるのであろうが、当時は感動を主とするから自然にこうなったものであろう。采女の事などを主にするから甘《あま》くなるかというに決してそうでなく、皇子一流の精厳ともいうべき歌調に統一せられている。ただ、「袖ふきかへす」を主な感じとした点に、心のすえ方の危険が潜んでいるといわばいい得るかも知れない。この、「袖ふきかへす」という句につき、「袖ふきかへしし」と過去にいうべきだという説もあったが、ここは楽《らく》に解釈
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