た短歌四首あるが、その第一首である。軽皇子(文武《もんむ》天皇)の御即位は持統十一年であるから、此歌はそれ以前、恐らく持統六、七年あたりではなかろうか。
 一首は、阿騎の野に今夜旅寝をする人々は、昔の事がいろいろ思い出されて、安らかに眠りがたい、というのである。「うち靡き」は人の寝る時の体の形容であるが、今は形式化せられている。「やも」は反語で、強く云って感慨を籠めている。「旅人」は複数で、軽皇子を主とし、従者の人々、その中に人麿自身も居るのである。この歌は響に句々の揺ぎがあり、単純に過ぎてしまわないため、余韻おのずからにして長いということになる。

           ○

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ひむがしの野《ぬ》にかぎろひの立《た》つ見《み》えてかへり見《み》すれば月《つき》かたぶきぬ 〔巻一・四八〕 柿本人麿
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 これも四首中の一つである。一首の意は、阿騎野にやどった翌朝、日出前の東天に既に暁の光がみなぎり、それが雪の降った阿騎野にも映って見える。その時西の方をふりかえると、もう月が落ちかかっている、というのである。
 この歌は前の歌にあるような、「古
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