乗るらむか」という一句が一首を統一してその中心をなしている。船に慣れないことに同情してその難儀をおもいやるに、ただ、「妹乗るらむか」とだけ云っている、そして、結句の、「荒き島回を」に応接せしめている。
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吾背子《わがせこ》はいづく行《ゆ》くらむ奥《おき》つ藻《も》の名張《なばり》の山《やま》を今日《けふ》か越《こ》ゆらむ 〔巻一・四三〕 当麻麿の妻
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当麻真人麿《たぎまのまひとまろ》の妻が夫の旅に出た後詠んだものである。或は伊勢行幸にでも扈従《こじゅう》して行った夫を偲《しの》んだものかも知れない。名張山は伊賀名張郡の山で伊勢へ越ゆる道筋である。「奥つ藻の」は名張へかかる枕詞で、奥つ藻は奥深く隠れている藻だから、カクルと同義の語ナバル(ナマル)に懸けたものである。
一首の意は、夫はいま何処を歩いていられるだろうか。今日ごろは多分名張の山あたりを越えていられるだろうか、というので、一首中に「らむ」が二つ第二句と結句とに置かれて調子を取っている。この「らむ」は、「朝踏ますらむ」あたりよりも稍軽快である。この歌は
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