な歌である。前の歌の第三句に、「幸くあれど」とあったごとく、この歌の第三句にも、「淀むとも」とある、そこに感慨が籠められ、小休止があるようになるのだが、こういう云い方には、ややともすると一首を弱くする危険が潜むものである。然るに人麿の歌は前の歌もこの歌も、「船待ちかねつ」、「またも逢はめやも」と強く結んで、全体を統一しているのは実に驚くべきで、この力量は人麿の作歌の真率《しんそつ》的な態度に本づくものと自分は解して居る。人麿は初期から斯《こ》ういう優れた歌を作っている。
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いにしへの人《ひと》にわれあれや楽浪《ささなみ》の故《ふる》き京《みやこ》を見《み》れば悲《かな》しき 〔巻一・三二〕 高市古人
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高市古人《たけちのふるひと》が近江の旧都を感傷して詠《よ》んだ歌である。然るに古人の伝不明で、題詞の下に或書云|高市連黒人《たけちのむらじくろひと》と注せられているので、黒人の作として味う人が多い。「いにしへの人にわれあれや」は、当今の普通人ならば旧都の址《あと》を見てもこんなに悲しまぬであろうが、こんなに悲し
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