奥国《みちのくのくに》に派遣せられたとき、国司の王を接待する方法がひどく不備だったので、王が怒って折角《せっかく》の御馳走にも手をつけない。その時、嘗《かつ》て采女《うねめ》をつとめたことのある女が侍していて、左手に杯《さかずき》を捧げ右手に水を盛った瓶子《へいし》を持ち、王の膝《ひざ》をたたいて此歌を吟誦したので、王の怒が解けて、楽飲すること終日であった、という伝説ある歌である。葛城王は、天武天皇の御代に一人居るし、また橘諸兄《たちばなのもろえ》が皇族であった時の御名は葛城王であったから、そのいずれとも不明であるが、時代からいえば天武天皇の御代の方に傾くだろう。併し伝説であるから実は誰であってもかまわぬのである。また、「前《さき》の采女」という女も、嘗《かつ》て采女として仕えたという女で、必ずしも陸奥出身の女とする必要もないわけである。「安積《あさか》山」は陸奥国安積郡、今の福島県安積郡日和田町の東方に安積山という小山がある。其処だろうと云われている。木立などが美しく映っている広く浅い山の泉の趣で、上の句は序詞である。そして「山の井の」から「浅き心」に連接せしめている。「浅き心を吾が
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