し桜《さくら》の花《はな》は散《ち》りにけるかも 〔巻十六・三七八六〕 壮士某
[#ここで字下げ終わり]
むかし桜子《さくらこ》という娘子《おとめ》がいたが、二人の青年に挑《いど》まれたときに、ひとりの女身《にょしん》を以て二つの門に往き適《かの》う能《あた》わざるを嘆じ、林中に尋ね入ってついに縊死《いし》して果てた。二人の青年がそれを悲しみ作った歌の一つである。桜子という娘の名であったから、桜の花の散ったことになして詠んだ、取りたてていう程のものでない、妻争い伝説歌の一つに過ぎないが、素直《すなお》に歌ってあるので見本として選んで置いた。この伝説は真間《まま》の手児名《てこな》、葦屋《あしや》の菟原処女《うなひおとめ》の伝説などと同じ種類のものである。「かざしにせんとは、我妻にせんとおもひしと云心也」(宗祇抄《そうぎしょう》)とある如く、また桜児という名であったから、「散りにけるかも」と云った。
○
[#ここから5字下げ]
事《こと》しあらば小泊瀬山《をはつせやま》の石城《いはき》にも隠《こも》らば共《とも》にな思《おも》ひ吾背《わがせ》 〔巻十六・三八〇
前へ
次へ
全531ページ中470ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
斎藤 茂吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング