かへたるかも」(巻十一・二四三二)の如き例がある。この巻十一の歌の結句訓は、「せきあへてけり」(略解)、「せきあへにたり」(新訓)、「せきあへてあり」(総釈)等がある。「ゆゆし」は、慎《つつ》しみなく、憚《はばか》らずという意もあって、結局同一に帰するのだから、此歌の場合も、「慎しみもなく」と翻《ほん》してもいいが、忌々しいの方がもっと直接的に響くようである。

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玉勝間《たまかつま》逢《あ》はむといふは誰《たれ》なるか逢《あ》へる時《とき》さへ面隠《おもがく》しする 〔巻十二・二九一六〕 作者不詳
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「玉勝間」は逢うの枕詞で、タマは美称、カツマはカタマ(籠・筐)で、籠には蓋《ふた》があって蓋と籠とが合うので、逢うの枕詞とした。一首の意は、一体逢おうといったのは誰でしょう。それなのに折角《せっかく》逢えば、顔を隠したり何かして、というので、男女間の微妙な会話をまのあたり聞くような気持のする歌である。これは男が女に向っていっているのだが、云われて居る女の甘い行為までが、ありありと眼に見えるような表現である。女の男を
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