牽《ひ》かれて私はこの歌を選んだ。この時代の人は、幽玄などとは高調しなかったけれども、こういう幽かにして奥深いものに観入していて、それの写生をおろそかにしてはいないのである。此歌は人麿歌集出だから人麿或時期の作かも知れない。「あまのがは水陰《みづかげ》草の」(巻十・二〇一三)とあるのも、こういう草の趣であろうか。

           ○

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朝《あさ》去《ゆ》きて夕《ゆふべ》は来《き》ます君《きみ》ゆゑにゆゆしくも吾《あ》は歎《なげ》きつるかも 〔巻十二・二八九三〕 作者不詳
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「君ゆゑに」は、屡《しばしば》出てくる如く、「君によって恋うる」、即ち「君に恋うる」となるのだが、もとは、「君があるゆえにその君に恋うる」という意であったのであろうか。一首の意は、朝はお帰りになっても夕方になるとまたおいでになるあなたであるのに、我ながら忌々《いまいま》しくおもう程に、あなたが恋しいのです、待ちきれないのです、という程の歌で、此処の「ゆゆし」は忌々《いまいま》し、厭《いと》わしぐらいの意。「言《こと》にいでて言はばゆゆしみ山川の激《たぎ》つ心をせ
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