なしに、というのである。あの女を手にも纏かずに居るのはいかにも辛《つら》いが、人目が多いので致し方が無いということが含まっている。これだけの意味だが、こう一首に為上《しあ》げられて見ると、まことに感に乗って来て棄てがたいものである。「人皆の行くごと見めや」の句は強くて情味を湛《たた》え、情熱があってもそれを抑《おさ》えて、傍観しているような趣が、この歌をして平板から脱却せしめている。無論民謡風ではあるが、未だ語気が求心的である。
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山河《やまがは》の水陰《みづかげ》に生《お》ふる山草《やますげ》の止《や》まずも妹《いも》がおもほゆるかも 〔巻十二・二八六二〕 柿本人麿歌集
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上句は序詞で、中味は、「やまずも妹がおもほゆるかも」だけの歌で別に珍らしいものではない。また、「山菅のやまずて君を」、「山菅のやまずや恋ひむ」等の如く、「山菅の・やまず」と続けたのも別して珍らしくはない。ただ、山中を流れている水陰《みずかげ》にながく靡《なび》くようにして群生している菅《すげ》という実際の光景、特に、「水陰」という語に心を
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