の忘れむ時《しだ》は大野《おほぬ》ろに棚引く雲を見つつ偲《しぬ》ばむ」(巻十四・三五二〇)という歌もあり、一しょにして味うことが出来る。
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あぢ[#「ぢ」に「イづ」の注記]き無《な》く何《なに》の枉言《たはこと》いま更《さら》に小童言《わらはごと》する老人《おいびと》にして 〔巻十一・二五八二〕 作者不詳
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枉言はマガコトと訓《よ》んでいたが、略解で狂言としてタハコトと訓んだ。一首は、何という愚《おろか》な戯痴《たわけ》たことを俺《おれ》は云ったものか、この老人が年甲斐《としがい》もなく、今更小供等のような真似《まね》をして、というので、それでも、あの女が恋しくて堪えられないという意があるのである。これは女に対《むか》って恋情を打明けたのちに、老体を顧《かえり》みた趣の歌だが、初句に、「あぢきなく」とあるから、遂げられない恋の苦痛が一番強く来ていることが分かる。これは老人の恋でまことに珍らしいものである。「あぢきなく」は「あづきなく」ともいい、「なかなかに黙《もだ》もあらましをあぢきなく相見|始《そ》めても吾
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