とがこの例でも分かるし、前出の、「大和には鳴きてか来らむ呼子鳥」(巻一・七〇)の歌を想起し得る。石上《いそのかみ》卿の、「ここにして家やもいづく白雲の棚引く山を越えて来にけり」(巻三・二八七)の例がある。
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山科《やましな》の木幡《こはた》の山《やま》を馬《うま》はあれど歩《かち》ゆ吾《わ》が来《こ》し汝《な》を念《おも》ひかね 〔巻十一・二四二五〕 柿本人麿歌集
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寄[#レ]物陳[#レ]思という部類の歌に入れてある。人麿歌集出。「山科の木幡の山」は、山城宇治郡、現在宇治村木幡で、桃山御陵の東方になっている。前の歌に、強田《こはだ》とあったのと同じである。一首の意は、山科の木幡の山道をば徒歩でやって来た。おれは馬を持っているが、お前を思う思いに堪えかねて徒歩で来たのであるぞ、というのである。旧訓ヤマシナノ・コハダノヤマニ。考ヤマシナノ・コハダノヤマヲ。つまり、「木幡の山を歩み吾が来し」となるので、なぜ、「馬はあれど」と云ったかというに、馬の用意をする暇もまどろしくて、取るものも取《とり》あえず、というのであろ
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