には」(巻十・一九九一)等の例にある。こういう人間的とも謂うべき歌は万葉には多い。人間的というのは、有情非情に及ぼす同感が人間的にあらわれるという意味である。
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思《おも》はぬに時雨《しぐれ》の雨《あめ》は零《ふ》りたれど天雲《あまぐも》霽《は》れて月夜《つくよ》さやけし 〔巻十・二二二七〕 作者不詳
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思いがけず時雨が降ったけれど、いつのまにか天雲が無くなって、月明となったというだけのものであるが、言葉がいかにも精煉《せいれん》せられているようにおもう。それも専門家的の苦心|惨憺《さんたん》というのでなくて、尋常《じんじょう》の言葉で無理なくすらすらと云っていて、これだけ充実したものになるということは時代の賜《たまもの》といわなければならない。
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さを鹿《しか》の入野《いりぬ》のすすき初尾花《はつをばな》いづれの時《とき》か妹《いも》が手《て》まかむ 〔巻十・二二七七〕 作者不詳
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この歌は、「いづれの時か妹が手まかむ」だけが意味
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