も」(巻八・一五五二)に似ているが、「浅茅がもとに」というのが実質的でいいから取って置いた。結句の「も」は「さを鹿鳴くも」の「も」に等しい。万葉にはこの種類の歌がなかなか多いが皆相当なものだというのは、実質的で誤魔化《ごまか》さぬのと、奥に恋愛の心を潜《ひそ》めているからであるだろう。
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秋萩《あきはぎ》の枝《えだ》もとををに露霜《つゆじも》置《お》き寒《さむ》くも時《とき》はなりにけるかも 〔巻十・二一七〇〕 作者不詳
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初冬の寒露のことをツユジモと云った。宣長は玉勝間《たまかつま》で単にツユのことだと考証しているが、必ずしもそう一徹に極《き》めずに味うことの出来る語である。萩の枝が撓《しな》うばかりに露の置いた趣《おもむき》で、そう具体的に眼前のことを云って置いて、そして、「寒くも時はなりにけるかも」と主観を云っているが、感の深い云い方であるのは、「も」、「は」などの助詞を持っているからである。
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九月《ながつき》の時雨《しぐれ》の雨《あめ》に沾《ぬ》れ
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