ろしいものだが、それでも妻恋しさにあんなに鳴いているという、哀憐のこころで詠んだもので、西洋的にいうと、恋の盲目とでもいうところであろうか。そのあわれが声調のうえに出ている点がよく、第三句で、「多かれど」と感慨を籠《こ》めている。結句の、「鳴くも」の如きは万葉に甚だ多い例だが、古今集以後、この「も」を段々嫌って少くなったが、こう簡潔につめていうから、感傷の厭味《いやみ》に陥《おちい》らぬとも謂《い》うことが出来る。この歌の近くに、「山辺には猟夫《さつを》のねらひ恐《かしこ》けど牡鹿《をじか》鳴くなり妻の眼《め》を欲《ほ》り」(巻十・二一四九)というのがあるが、この方は常識的に露骨で、まずいものである。

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秋風《あきかぜ》の寒《さむ》く吹《ふ》くなべ吾《わ》が屋前《やど》の浅茅《あさぢ》がもとに蟋蟀《こほろぎ》鳴《な》くも 〔巻十・二一五八〕 作者不詳
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「吹くなべ」は、吹くに連れてという意味なること、既に云った。この歌は既《すで》に選出した、「夕月夜《ゆふづくよ》心もしぬに白露のおくこの庭に蟋蟀《こほろぎ》鳴く
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