いうのである。どういう物思かというに、妻恋《つまこい》をして、妻を慕いつつ飛んで行くという気持で、自分の心持を雁に引移して感じて居るのである。この歌の、「朝に」は時間をあらわすので、「朝《あさ》に日《け》に出で見る毎に」(巻八・一五〇七)、「朝な夕なに潜《かづ》くちふ」(巻十一・二七九八)等の「に」と同じい。「物念へかも」は疑問の「かも」である。そう大した歌でないようでも、惻々《そくそく》とした哀韻があって棄てがたい。「鳴く音は」、「声の悲しき」で重複しているようだが、前は稍《やや》一般的、後は実質的で、他にも例がある。旅人《たびと》の歌に、「湯の原に鳴く葦鶴《あしたづ》はわが如く妹《いも》に恋ふれや時分かず鳴く」(巻六・九六一)というのがある。
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山《やま》の辺《べ》にい行《ゆ》く猟夫《さつを》は多《おほ》かれど山《やま》にも野《ぬ》にもさを鹿《しか》鳴《な》くも 〔巻十・二一四七〕 作者不詳
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作者不明。野にも山にもしきりに牡鹿《おじか》が鳴いている。山のべに行く猟師は随分多いのだが、というので、猟師は恐
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