が、嫁菜を煮て食べているだろうというので、嫁菜などは現代の人は余り珍重しないが、当時は野菜の中での上品であったものらしい。和《なごや》かな春の野に娘等を配し、それが野菜を煮ているところを以て一首を作っているのが私の心を牽《ひ》いたのであった。

           ○

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百礒城《ももしき》の大宮人《おほみやびと》は暇《いとま》あれや梅《うめ》を※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]頭《かざ》してここに集《つど》へる 〔巻十・一八八三〕 作者不詳
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「百礒城の」は大宮にかかる枕詞で、百石城《ももしき》即ち、多くの石を以て築いた城という意で大宮の枕詞とした。一首の意は、今日は御所に仕え申す人達も、お閑《ひま》であろうか、梅花を※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]頭《かざし》にして、此処の野に集っていられる、というので、長閑《のどか》な光景の歌である。「大宮人は暇《いとま》あれや」の「は」は、一寸《ちょっと》聞くと、御役人などというものは暇《ひま》なものであるだろう、という
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