も萌えそめた柳を鶯が保持している感じである。柳の萌えに親しんで所有する感じであるが、鶯だから啄《ついば》んで持つといったので、「くひもつ」は鶯にかかるので、「鳴く」にかかるのではない。また、ただ鶯といわずに、青柳の枝を啄《くわ》えている鶯というのだから、写象もその方が複雑で気持がよい。その鶯がうれしくて鳴くというのである。詮議すればそうだが、それを単純化してかく表わすのが万葉の歌の一つの特色でもあり、佳作の一つと謂《い》うべきである。この歌と一しょに、「うち靡《なび》く春立ちぬらし吾が門の柳の末《うれ》に鶯鳴きつ」(巻十・一八一九)があるが、平凡で取れない。また、「うち靡く春さり来れば小竹《しぬ》の末《うれ》に尾羽《をは》うち触《ふ》りて鶯鳴くも」(同・一八三〇)というのもあり、これも鶯の行為をこまかく云っている。鶯に親しむため、「尾羽うち触り」などというので、「枝くひもちて」というのと同じ心理に本づくのであろう。

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春《はる》されば樹《き》の木《こ》の暗《くれ》の夕月夜《ゆふづくよ》おぼつかなしも山陰《やまかげ》にして 〔巻十・一八
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