こ》う無理なく表現し得るようになっていたのだろう。人麿の、「夕浪千鳥|汝《な》が鳴けば」でもそうであった。それだから此歌でも、現代の読者にまでそう予備的な心構えがなくも受納《うけい》れられ、極《ご》く単純な内容のうちに純粋な詠歎のこえを聞くことが出来るのである。王女は額田王の御姉であったから、額田王の歌にも共通な言語に対する鋭敏がうかがわれるが、額田王の歌よりももっと素直で才鋒《さいほう》の目だたぬところがある。また時代も万葉上期だから、その頃《ころ》の純粋な響・語気を伝えている。巻八(一四六五)に、藤原夫人《ふじわらのぶにん》の、「霍公鳥《ほととぎす》いたくな鳴きそ汝が声を五月《さつき》の玉に交《あ》へ貫《ぬ》くまでに」があるが、女らしい気持だけのものである。また、やはり此巻(一四八四)に、「霍公鳥《ほととぎす》いたくな鳴きそ独《ひと》りゐて寐《い》の宿《ね》らえぬに聞けば苦しも」という大伴坂上郎女《おおとものさかのうえのいらつめ》の歌があるが、「吾が恋まさる」の簡浄《かんじょう》な結句には及ばない。これは同じ女性の歌でももはや時代の相違であろうか。

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