人情も自然だが、巻十四の方は稍《やや》調子に乗ったところがある。おもうに、巻七の方は未だ個人的歌らしく、つつましいところがあるけれども、それが伝誦せられているうち民謡的に変形して巻十四の歌となったものであろう。気楽に一しょになってうたうのには、「かなし妹を」の方が調子に乗るだろうが、切実の度が薄らぐのである。
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巻第八
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石激《いはばし》る垂水《たるみ》の上《うへ》のさ蕨《わらび》の萌《も》え出《い》づる春《はる》になりにけるかも 〔巻八・一四一八〕 志貴皇子
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志貴皇子《しきのみこ》の懽《よろこび》の御歌である。一首の意は、巌の面を音たてて流れおつる、滝のほとりには、もう蕨《わらび》が萌え出づる春になった、懽《よろこ》ばしい、というのである。「石激《いはばし》る」は「垂水《たるみ》」の枕詞として用いているが、意味の分かっているもので、形状言の形式化・様式化・純化せられたものと看做《みな》し得る。「垂水《たるみ》」は垂る水で、余り大きくない滝と解釈してよいようである。「垂水の上」の「上」は、ほ
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