るのである。文法的には詠歎の助詞も助動詞も無いが、そういうものが既に含まっているとおもっていい。

           ○

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吾背子《わがせこ》を何処《いづく》行《ゆ》かめとさき竹《たけ》の背向《そがひ》に宿《ね》しく今し悔《くや》しも 〔巻七・一四一二〕 作者不詳
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 これも挽歌の中に入っている。すると一首の意は、私の夫《おっと》がこのように、死んで行くなどとは思いもよらず、生前につれなくして、後《うし》ろを向いて寝たりして、今となってわたしは悔《くや》しい、ということになるであろう。「さき竹の」は枕詞だが、割った竹は、重ねてもしっくりしないので、後ろ向に寝るのに続けたものであろう。また、「背向《そがひ》に宿《ね》しく」は、男女云い争った後の行為のように取れて一層哀れも深いし、女らしいところがあっていい。
 然るに、巻十四、東歌《あずまうた》の挽歌の個処に、「愛《かな》し妹を何処《いづち》行かめと山菅《やますげ》の背向《そがひ》に宿《ね》しく今し悔しも」(三五七七)というのがあり、二つ共似ているが、巻七の方が優っている。巻七の方ならば
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