のおとめ》を吉野に火葬した時にも、「山の際ゆ出雲《いづも》の児等は霧なれや吉野の山の嶺《みね》に棚引《たなび》く」(同・四二九)とも詠んでいるので明かである。此一首は取りたてて秀歌と称する程のものでないが、挽歌としての哀韻と、「雲の失せゆけば」のところに心が牽《ひ》かれたのであった。
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福《さきはひ》のいかなる人《ひと》か黒髪《くろかみ》の白《しろ》くなるまで妹《いも》が音《こゑ》を聞《き》く 〔巻七・一四一一〕 作者不詳
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自分は恋しい妻をもう亡《な》くしたが、白髪になるまで二人とも健《すこや》かで、その妻の声を聞くことの出来る人は何と為合《しあわ》せな人だろう、羨《うらやま》しいことだ、というので、「妹が声を聞く」というのが特殊でもあり一首の眼目でもあり古語のすぐれたところを示す句でもある。現代人の言葉などにはこういう素朴で味のあるいい方はもう跡を絶ってしまった。
一般的なようなことを云っていて、作者の身と遊離しない切実ないい方で、それから結句に、「こゑを聞く」と結んでいるが、「聞く」だけで詠歎の響があ
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