○
[#ここから5字下げ]
巻向《まきむく》の山辺《やまべ》とよみて行《ゆ》く水《みづ》の水泡《みなわ》のごとし世《よ》の人《ひと》吾《われ》は 〔巻七・一二六九〕 柿本人麿歌集
[#ここで字下げ終わり]
人麿歌集にある歌で、「児等《こら》が手を巻向《まきむく》山は常《つね》なれど過ぎにし人に行き纏《ま》かめやも」(巻七・一二六八)と一しょに載っている。これで見ると、妻の亡くなったのを悲しむ歌で、「行き纏かめやも」は、通って行って一しょに寝ることがもはや出来ないと歎くのだから、この「水泡の如し」の歌も、妻を悲しんだ歌なのである。
一首の意は、巻向山の近くを音たてて流れゆく川の水泡《みなわ》の如くに果敢《はか》ないもので吾身があるよ、というのである。
この歌では、自身のことを詠んでいるのだが、それは妻に亡くなられて悲しい余りに、自分の身をも悲しむのは人の常情《じょうじょう》であるから、この歌は単に大観的に無常を歌ったものではないのである。其処をはっきりさせないと、結論に錯誤《さくご》を来すので、「もののふの八十うぢ河の網代木にいさよふ波の行方《ゆくへ》知らずも」(巻
前へ
次へ
全531ページ中291ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
斎藤 茂吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング