一九三)に、「ほととぎす鳴く羽触《はぶり》にも散りにけり盛過ぐらし藤浪の花」という歌の結句も、上代の古調歌には無い名詞止めの歌である。
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巻第七

           ○

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春日山《かすがやま》おして照《て》らせるこの月《つき》は妹《いも》が庭《には》にも清《さや》けかりけり 〔巻七・一〇七四〕 作者不詳
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 作者不詳、雑歌、詠[#レ]月である。一首の意は、春日山一帯を照らして居る今夜の月は、妹《いも》の庭にもまた清《きよ》く照って居る、というのである。作者は現在|通《かよ》って来た妹の家に居る趣で、春日山の方は一般の月明(通《かよ》って来る道すがら見た)を云っているのである。ただ妹の家は春日山の見える処にあったことは想像し得る。伸々《のびのび》とした濁りの無い快い歌で、作者不明の民謡風のものだが、一定の個人を想像しても相当に味われるものである。やはり、「妹が庭にも清けかりけり」という句が具体的で生きているからであろう。
「この月」は、現に照っている今夜の月という意味で、此巻に、「常は嘗《かつ》て念はぬものをこの月[#「
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