[#ここから5字下げ]
児等《こら》しあらば二人《ふたり》聞《き》かむを沖《おき》つ渚《す》に鳴《な》くなる鶴《たづ》の暁《あかとき》の声《こゑ》 〔巻六・一〇〇〇〕 守部王
[#ここで字下げ終わり]
 聖武天皇天平六年春三月、難波宮《なにわのみや》に行幸あった時、諸人が歌を作った。此一首は守部王《もりべのおおきみ》(舎人親王《とねりのみこ》の御子)の歌である。一首は、若《も》し奈良に残して来た嬬《つま》も一しょなら、二人で聞くものを、沖の渚《なぎさ》に鳴いて居る鶴の暁のこえよ、何とも云えぬ佳《よ》い声よ、という程の歌である。なぜ私は此一首を選んだかというに、特に集中で秀歌というのでなく、結句が「鳴くなる鶴《たづ》の暁《あかとき》のこゑ」の如く名詞止めであるのみならず、後世新古今時代に発達した、名詞止めの歌調が此歌に既にあって、新古今調と違った、重厚なゆらぎを有《も》っているのに目を留めたゆえであった。なお、巻十九(四一四三)に、「もののふの八十《やそ》をとめ等が※[#「てへん+邑」、第3水準1−84−78]《く》みまがふ寺井《てらゐ》のうへの堅香子《かたかご》の花」、巻十九(四
前へ 次へ
全531ページ中272ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
斎藤 茂吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング