う》六年、海犬養岡麿《あまのいぬかいのおかまろ》が詔に応《こた》えまつった歌である。一首の意は、天皇の御民である私等は、この天地と共に栄ゆる盛大の御世に遭遇《そうぐう》して、何という生《い》き甲斐《がい》のあることであろう、というのである。「験《しるし》」は効験、結果、甲斐等の意味に落着く。「天ざかる鄙《ひな》の奴《やつこ》に天人《あめびと》し斯《か》く恋すらば生ける験《しるし》あり」(巻十八・四〇八二)という家持の用例もある。一首は応詔歌であるから、謹んで歌い、荘厳の気を漲《みなぎ》らしめている。そして斯く思想的大観的に歌うのは、此時代の歌には時々見当るのであって、その恩想を統一して一首の声調を完《まっと》うするだけの力量がまだこの時代の歌人にはあった。それが万葉を離れるともはやその力量と熱意が無くなってしまって、弱々しい歌のみを辛《かろ》うじて作るに止《とどま》る状態となった。此の歌などは、万葉としては後期に属するのだが、聖武《しょうむ》の盛世《せいせい》にあって、歌人等も競《きそ》い勉《つと》めたために、人麿調の復活ともなり、かかる歌も作らるるに至った。
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