苅る辛荷の島に島回《しまみ》する鵜《う》にしもあれや家|思《も》はざらむ」(巻六・九四三)というのがある。これは若し鵜ででもあったら、家の事をおもわずに済むだろう、というので「羨しかも」という気持と相通じている。鵜を捉《とら》えて詠んでいるのは写生でおもしろい。

           ○

[#ここから5字下げ]
風《かぜ》吹《ふ》けば浪《なみ》か立《た》たむと伺候《さもらひ》に都多《つた》の細江《ほそえ》に浦《うら》隠《がく》り居《を》り 〔巻六・九四五〕 山部赤人
[#ここで字下げ終わり]
 赤人作で前歌の続である。「都多《つた》の細江」は姫路から西南、現在の津田・細江あたりで、船場川《せんばがわ》の川口になっている。当時はなるべく陸近く舟行《しゅうこう》し、少し風が荒いと船を泊《と》めたので、こういう歌がある。一首の意は、この風で浪が荒く立つだろうと、心配して様子を見ながら、都多《つた》の川口のところに船を寄せて隠れておる、というのである。第三句、原文「伺候爾」は、旧訓マツホドニ。代匠記サモラフニ。古義サモラヒニ。この「さもらふ」は、「東の滝の御門にさもらへど[#「さもらへど」
前へ 次へ
全531ページ中261ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
斎藤 茂吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング