既に一種の感動を伴って聞こえて来たものと見える。「真熊野の舟」は、熊野舟で、熊野の海で多く乗ったものであろう。攷證に、「紀州熊野は良材多かる所なれば、その材もて作りたるよしの謂《いひ》か。さればそれを本にて、いづくにて作れるをも、それに似たるをば熊野舟といふならん。集中、松浦船《まつらぶね》・伊豆手船《いづてぶね》・足柄小船《あしがらをぶね》などいふあるも、みなこの類とすべし」とあり、「浦回《うらみ》榜ぐ熊野舟つきめづらしく懸けて思はぬ月も日もなし」(巻十二・三一七二)の例がある。「羨しかも」は、「羨しきかも」と同じだが当時は終止言からも直ぐ続けた。結句は、「真熊野の船」という名詞止めで、「棚無し小船」などの止めと同じだが、「の」が入っているので、それだけの落着《おちつき》がある。第三句の、「羨しかも」は小休止があるので、前の歌の「潟を無み」などと同様、幾らか此処で弛《たる》むが、これは赤人的手法の一つの傾向かも知れない。一首は、※[#「覊」の「馬」に代えて「奇」、第4水準2−88−38]旅《きりょ》の寂しい情を籠《こ》めつつ、赤人的諧調音で統一せられた佳作である。この時の歌に、「玉藻
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