に行かないのは、一面はそういう素材如何にも因《よ》るのであって、こういう素材になれば、こういう歌調をおのずから要求するものともいうことが出来る。

           ○

[#ここから5字下げ]
布施《ふせ》置《お》きて吾《われ》は乞《こ》ひ祷《の》む欺《あざむ》かず直《ただ》に率行《ゐゆ》きて天路《あまぢ》知《し》らしめ 〔巻五・九〇六〕 山上憶良
[#ここで字下げ終わり]
 これも同じ歌で、「布施」は仏教語で、捧げ物の事だから、前の歌の、「幣」と同じ事に落着く。この歌も、童子の死にゆくさまを歌っているが、この方は黄泉でなく、天路のことを云っている。共に死者の往く道であるが、この方は稍《やや》日本的に云っている。初句原文「布施於吉弖」は旧訓フシオキテであるが、略解《りゃくげ》で、「布施はぬさと訓べし。又たゞちにふせとも訓べき也。こゝに乞《こひ》のむといへるは、仏に乞《こふ》にて、神に祷《いの》るとは事異なれば、幣《ヌサ》とはいはで、布施と言へる也。施を※[#「糸+施のつくり」、第3水準1−90−1]の誤として、ふしおき(臥起)てとよめるはひがこと也」と云った。いかにもその通りで、
前へ 次へ
全531ページ中249ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
斎藤 茂吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング