日という童子は憶良の子であるのか他人の子であるのかも分からない。恐らく他人の子であろう。(普通には、古日は憶良の子で、この時憶良は七十歳ぐらいの老翁だと解せられている。なお土屋氏は、古日はコヒと読むのかも知れないと云って居る。)
 一首の意は、死んで行くこの子は、未だ幼《おさな》い童子で、冥土《めいど》の道はよく分かっていない。冥土の番人よ、よい贈物をするから、どうぞこの子を背負って通してやって呉れよ、というのである。「幣《まひ》」は、「天にます月読壮子《つくよみをとこ》幣《まひ》はせむ今夜《こよひ》の長さ五百夜《いほよ》継ぎこそ」(巻六・九八五)、「たまぼこの道の神たち幣《まひ》はせむあが念ふ君をなつかしみせよ」(巻十七・四〇〇九)等にもある如く、神に奉る物も、人に贈る物も、悪い意味の貨賂《かろ》をも皆マヒと云った。
 この一首は、童子の死を悲しむ歌だが、内容が複雑で、人麿の歌の内容の簡単なものなどとは余程その趣が違っている。然かも黄泉の道行をば、恰《あたか》も現実にでもあるかの如くに生々《なまなま》しく表現して居るところに、憶良の歌の強味がある。歌調がぼきりぼきりとして流動的波動的
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