すべきである。この歌の「絹綿」は原文「※[#「糸+包」、上−188−1]綿」で、真綿の意であろうが、当時筑紫の真綿の珍重されたこと、また名産地であったことは沙弥満誓の歌のところで既に云ったとおりである。
憶良は娑婆界の貧・老・病の事を好んで歌って居り、どうしても憶良自身の体験のようであるが、筑前国司であった憶良が実際斯くの如く赤貧困窮であったか否か、自分には能く分からないが、自殺を強いられるほどそんなに貧窮ではなかったものと想像する。そして彼は彼の当時教えられた大陸の思想を、周辺の現実に引き移して、如上《じょじょう》の数々の歌を詠出したものとも想像している。
○
[#ここから5字下げ]
稚《わか》ければ道行《みちゆ》き知《し》らじ幣《まひ》はせむ黄泉《したべ》の使《つかひ》負《お》ひて通《とほ》らせ 〔巻五・九〇五〕 山上憶良
[#ここで字下げ終わり]
「男子《をのこ》名は古日《ふるひ》を恋ふる歌」の短歌である。左注に此歌の作者が不明だが、歌柄から見て憶良だろうと云って居る。古日《ふるひ》という童子の死んだ時弔った歌であろう。そして憶良を作者と仮定しても、古
前へ
次へ
全531ページ中247ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
斎藤 茂吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング